横須賀市助産師会の歴史

 神奈川県内で横浜市と同じ大正4年12月、現在の横須賀市助産師会の前身である横須賀市産婆組合が設立されました。その後田浦町産婆会、浦賀産婆会ができ、横須賀には3つの産婆会がありました。会員数は3つの会を合わせると約150名にもなりました。(現在の3倍以上です)

 代表的な産婆会の活動は無料助産活動です。横須賀市産婆会は昭和2年に、田浦町産婆会は昭和3年に産婆会附属産院を設立しています。これらの産院は貧困者を対象に無料助産活動を行っていました。

 横須賀市産婆会附属産院においては7名の医師が顧問になっており、異常なお産になった場合医師に依頼するなど、産婆と顧問医との連携がとれていたようです。その後、戦争により産院が消失。再開をとの声もあったのですが、日々の暮らしも大変な時代で再開することができなかったそうです。また、現在の開業届けと違い、日本では明治後期より衛生行政の関係は全面的に警察行政の管轄下に組み込まれていた背景もあって、神奈川県では大正4年3月より産婆の届出は所轄警察署へ提出することに変更されました。上遠野チヨ先生の話によれば、横須賀市産婆会も新年会などは黒留袖を着て警察署の一室を借りて行っていたそうです。

 時代の流れと共に戦後、会員数が減少し横須賀市産婆会・浦賀産婆会が合併、その後田浦町産婆会も合併し『横須賀助産婦会』となり、平成4年に『横須賀市助産婦会』に名称を変更、更に時代の要請もあり平成17年に現在の『横須賀市助産師会』に変更となりました。

このように、素晴らしい先輩方が築いてくださった由緒ある会を私たちが、次の世代につなげていかなければならないと改めて感じました。


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